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風が強いが暖かくて、ふわふわした気分になる。
朝、駅前のこじんまりした居酒屋の前を通りかかると、店主のおばあちゃんがそそくさと店から出てきて、その両手に持っているトレイに溜まった、黄味がかった出汁みたいなものを、勢いよくざばっと通りの側溝に捨てた。その瞬間に僕はちょうど自転車で居酒屋の前を通ったので、危うく脚に飛んだ出汁がかかりそうになったが、特に気にせず走り去った。すると後方で、おばあちゃんがよく張った声で ごめん、と謝ったのが聞こえた、それに僕はほとんど反射的に はい と返して、ちらと振り向くと、排水溝から捨てた出汁の湯気が、もうもうと立ち昇るのが見えた。おばあちゃんはそそくさと店内に引き返していった。

逢魔が時、強い風が吹いていて、それに浄化された大気が澄んでいる。空はもう薄暗いけれどその濃紺は透明で、その上で、雲の趨勢はみるみるうちに遷移する。それはさながら、夜の氷河のよう。昏い氷河の下で自転車をすうと滑らせ、往来の影たちを追い抜いていく。