310

アラームとアラームの間、10分毎に訪れる眠りに落ちる手前の甘い心地を、手放すまいと惜しんでねぶる。やがて起きる時間がくる。すこし胃が重い。昨日の枕酒のせいだ、眠い。

家から出る、外は晴れ。耳につくのは静寂で、目にするものは青ばかり。

無心で自転車をこいでいると体が火照る。少し脇が汗ばんで、いいぞ、と思う。なにがいいのかは、わからない。番の梅はだいぶ散って、すっかり貧相になってしまった。

朝ごはん、コロッケが挟まったパンとコーヒー。
お昼ごはん、カップの台湾混ぜそば。
晩ご飯、ラーメン荘歴史を刻め、豚ラーメンニンニク抜きアブラカラメマシ。

309

帰路、夜の街はただ静寂。暖色の街灯に照らされた車のシルエットが滑っていく。走行音が遠ざかると、跨っている自転車の前輪にあるタービンの回転音が徐々に台頭する。やがてそれは次の走行音にかき消される。その走行音のあとに、また回転音、夜の静寂は、音をどこまでも放っていく。

頭のなかにあるたくさんの部屋。全部電気がつけっぱなし。ひとつひとつ、スイッチを切る。ぱちん、ぱちん、部屋から部屋へと歩く。一本道、巻き貝のうずの内奥へと踏み込んでいく。ぱちん、ぱちん、ふかいまどろみにみたされる。海がみえる。あれは垂水だったか、それとも丹後だろうか。門司だったかもしれない。ふかいまどろみにみたされる。

226

朝、もうあまり寒くない。春になるのは嬉しいけれど、どこかすこしつまらない。空は高く晴れていて薄い水色。どこまでも続く水色は薄い雲の白で覆われている。こんないい日和はぼけっと散歩でもして過ごしたいなーと心中でぼやきつつ、自転車を飛ばす。
鉄塔の周りをからすが5羽、ぺちゃくちゃ鳴き交わしながらぐるぐる旋回していた。からすたちはとても楽しそう。それを見あげているうちに、僕も少し軽快な気持ちになる。
人気のない小さな駅で盲導鈴が寂しく響いている。放たれた鈴の音は冷ややかで透明な空気に染み込んでいった。

225

夢、記憶にない。

朝の空、快晴。
風がさわやか。高いフェンスで囲まれた球技場兼公園を見やると、雲雀が遠くを見据えて佇んでいた。

メールやラインで複数の人たちとやりとりする。それは反芻に似た前進で、よくよく考えてみると会話というのもそうか。その時々のコードやモードがある。そしてそれらは常に変遷しているように思う。

栓を抜いた浴槽のように、自分のなかの全ての感情や想念が渦に飲み込まれていく。渦中でそれらはないまぜにされ、得体の知れない綺麗な一条のものとなり。虚無に向かって放たれる。そして僕は空っぽになり、やがて眠くなる。

224

とりとめのない夢を見る。バロウズの小説のように夢の場面やイメージがくるくる変転する。その中に、少し嫌なものや、忘れていたもの、意識していないと思っていたけど実は恥ずかしいものが、ちらちらとあらわれる。
朝の街は休日かと錯覚するほど静かで、音がみんな水中のようにくぐもって聞こえる。目に入ってくるものはどれも空疎で、自分にはなにも関わりがないものだという印象が強調されていた。まるで、まだ今朝の夢の続きで、全てが嘘のようだった。
「いっそぜんぶ夢だったらいいのに」という言葉がにわかにぽっと頭に湧く。それをもう一度胸の中で繰り返してみる。するとおなかのあたりがふわりと疼いて、涙が出た。そして少し、ほがらかな気持ちになった。

223

風が強いが暖かくて、ふわふわした気分になる。
朝、駅前のこじんまりした居酒屋の前を通りかかると、店主のおばあちゃんがそそくさと店から出てきて、その両手に持っているトレイに溜まった、黄味がかった出汁みたいなものを、勢いよくざばっと通りの側溝に捨てた。その瞬間に僕はちょうど自転車で居酒屋の前を通ったので、危うく脚に飛んだ出汁がかかりそうになったが、特に気にせず走り去った。すると後方で、おばあちゃんがよく張った声で ごめん、と謝ったのが聞こえた、それに僕はほとんど反射的に はい と返して、ちらと振り向くと、排水溝から捨てた出汁の湯気が、もうもうと立ち昇るのが見えた。おばあちゃんはそそくさと店内に引き返していった。

逢魔が時、強い風が吹いていて、それに浄化された大気が澄んでいる。空はもう薄暗いけれどその濃紺は透明で、その上で、雲の趨勢はみるみるうちに遷移する。それはさながら、夜の氷河のよう。昏い氷河の下で自転車をすうと滑らせ、往来の影たちを追い抜いていく。

222

今日は一日中部屋でだらだらしていた。昨日友人と飲んでいて朝帰りだったので、昼すぎまでぐーすか寝た。

なんばで飲んで、終電を逃しカラオケで始発まで寝るお約束のパターン。広い部屋を引いてラッキーだった。入室するなり一曲も歌わずに友人も僕も爆睡。
閉店時間になりカラオケから出るも、まだ空は真っ暗。始発はとっくに走っているけど、ふたりともぐっすり寝てすっかり元気になり、エネルギーを持て余していたので、どちらから言いだすこともなく、なんとなく梅田のほうへとぼとぼ歩きだしていた。(こういう場合は歩いて感情やエネルギーを発散するのが僕らの習癖となっている)  友達とは大学からの付き合いで、その道中、定番の思い出話や旅行に行きたいなとか、仕事のグチとか、いろいろ話した。北浜で知らない大きなビルを見つけて少し騒いだ。そんなふうにして歩いているうちに、いつの間にか大阪駅に着いていて、そこで解散した。

早朝のまだ人もまばらな大阪駅の、どこか浮き足立った雰囲気は、何かが始まりそうな、旅行の朝みたいなわくわくする感じがして、好きだ。ホームの大屋根の隙間から、街の活動開始の烽火のような、燦然たる朝焼けが覗いていた。