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312

もうちょい暖かくなったら一日中散歩したり、少し遠出とかしたい。

ちょっと虚無ってて飲みたい気分だけど、誘える人もいないし、仕方ないから板チョコを食べて、横になってる。明日のヤンマガに喧嘩稼業が載ってるはず。楽しみ。

311

ある夢をみて少し動揺する。しかしいささかの動揺は、些細な刺激で高揚へと転じる。今日も相変わらず寒い。

昼、モンスーンカフェでナシゴレンや生春巻きを食べる。たくさんお話をして楽しい。冷たい紅茶が美味しくて、3杯飲んだ。上階なので雑踏が遠い。店内を満たす調理場の作業音や客たちのさざめきはフラットで、どこか夢心地だった。
久しぶりにロンドンティールームに行った。ふわふわのスコーンはほんのり甘くて、美味しかった。ぽろぽろ崩れて、うまく食べられなかった。
スタバのブレンドコーヒーが100円でお代わりできるということを教えて貰った。覚えておこう。

よくわからないけど、ある程度の繰り返しや充足を覚えたときに、全て手放してしまいたくなる。それは倦みではなく、清々しい、躍動への期待。明日には新しい、まっさらな自分になっていればいいなと思う。奥井亜紀の窓という曲がとても好きで、ちょうどそんな感じ。ねむりが総て攫ってくれればいい。

310

アラームとアラームの間、10分毎に訪れる眠りに落ちる手前の甘い心地を、手放すまいと惜しんでねぶる。やがて起きる時間がくる。すこし胃が重い。昨日の枕酒のせいだ、眠い。

家から出る、外は晴れ。耳につくのは静寂で、目にするものは青ばかり。

無心で自転車をこいでいると体が火照る。少し脇が汗ばんで、いいぞ、と思う。なにがいいのかは、わからない。番の梅はだいぶ散って、すっかり貧相になってしまった。

朝ごはん、コロッケが挟まったパンとコーヒー。
お昼ごはん、カップの台湾混ぜそば。
晩ご飯、ラーメン荘歴史を刻め、豚ラーメンニンニク抜きアブラカラメマシ。

309

帰路、夜の街はただ静寂。暖色の街灯に照らされた車のシルエットが滑っていく。走行音が遠ざかると、跨っている自転車の前輪にあるタービンの回転音が徐々に台頭する。やがてそれは次の走行音にかき消される。その走行音のあとに、また回転音、夜の静寂は、音をどこまでも放っていく。

頭のなかにあるたくさんの部屋。全部電気がつけっぱなし。ひとつひとつ、スイッチを切る。ぱちん、ぱちん、部屋から部屋へと歩く。一本道、巻き貝のうずの内奥へと踏み込んでいく。ぱちん、ぱちん、ふかいまどろみにみたされる。海がみえる。あれは垂水だったか、それとも丹後だろうか。門司だったかもしれない。ふかいまどろみにみたされる。

226

朝、もうあまり寒くない。春になるのは嬉しいけれど、どこかすこしつまらない。空は高く晴れていて薄い水色。どこまでも続く水色は薄い雲の白で覆われている。こんないい日和はぼけっと散歩でもして過ごしたいなーと心中でぼやきつつ、自転車を飛ばす。
鉄塔の周りをからすが5羽、ぺちゃくちゃ鳴き交わしながらぐるぐる旋回していた。からすたちはとても楽しそう。それを見あげているうちに、僕も少し軽快な気持ちになる。
人気のない小さな駅で盲導鈴が寂しく響いている。放たれた鈴の音は冷ややかで透明な空気に染み込んでいった。

225

夢、記憶にない。

朝の空、快晴。
風がさわやか。高いフェンスで囲まれた球技場兼公園を見やると、雲雀が遠くを見据えて佇んでいた。

メールやラインで複数の人たちとやりとりする。それは反芻に似た前進で、よくよく考えてみると会話というのもそうか。その時々のコードやモードがある。そしてそれらは常に変遷しているように思う。

栓を抜いた浴槽のように、自分のなかの全ての感情や想念が渦に飲み込まれていく。渦中でそれらはないまぜにされ、得体の知れない綺麗な一条のものとなり。虚無に向かって放たれる。そして僕は空っぽになり、やがて眠くなる。

224

とりとめのない夢を見る。バロウズの小説のように夢の場面やイメージがくるくる変転する。その中に、少し嫌なものや、忘れていたもの、意識していないと思っていたけど実は恥ずかしいものが、ちらちらとあらわれる。
朝の街は休日かと錯覚するほど静かで、音がみんな水中のようにくぐもって聞こえる。目に入ってくるものはどれも空疎で、自分にはなにも関わりがないものだという印象が強調されていた。まるで、まだ今朝の夢の続きで、全てが嘘のようだった。
「いっそぜんぶ夢だったらいいのに」という言葉がにわかにぽっと頭に湧く。それをもう一度胸の中で繰り返してみる。するとおなかのあたりがふわりと疼いて、涙が出た。そして少し、ほがらかな気持ちになった。